カレイのカレームニエル

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 宮城県では師走に子持ちのナメタガレイ(ババガレイ)やマコガレイの煮付けを食べる習慣がありますが、若い世代の家庭では経済的にも負担であり、煮魚が嫌いな子供も多いのでこの食文化の継承が難しくなっています。そこで、仙台湾のカレイ類の中でも資源量が最も多く、値段も手頃なマガレイを使ってお子さんも好きになれそうな料理を考えてみました。仙台湾のマガレイは冷凍ではなく鮮魚で出回ることが多いので、カレイ本来の味も知ることが出来るからです。



 まず、新聞紙の上でヌメリとウロコを掃除します。
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 カレイの両面の鱗を丁寧に出刃の刃先でこそげ落とします。これは頭を落としたり、内臓を取る前にやって下さい。



 そして一工夫。調理ハサミで背鰭と尻鰭を切り取ります。必ず尾の方から鰭を立てるようにして切り取ります。
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 これには訳があります。マガレイ空揚げにしますと鰭までパリッと美味しく食べることが出来るのですが、ムニエル塩焼きだとそうは行きません。そこで、鰭は鰭で料理して無駄をなくそうという魂胆です。その利用の仕方は後述します。



 両側の鰭を切り取ったカレイは頭を落として内臓を引き出します。
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 さらに尾鰭も切り落とし、よく洗ってから正中線に沿って切り込みを入れておきます。こうしますと、肉の厚い部分にも火が通りやすくなるとともに、食べる時に身を骨から外しやすくなります。



 前処理が終わって、いよいよ加熱調理です。
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 調味は塩とカレー粉だけです。香り付けに好みのハーブを用いても良いでしょう。カレー粉は十数種類のスパイスの複合体ですので、ハーブがなくても十分に香り付けが出来ます。淡白なマガレイの白身をスパイシーに演出しようという作戦です。


 フリーザーバッグにカレイと調味料、ハーブ類を封じ込めて30分ほど寝かせます。
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 ハーブはローズマリー、セージ、タイムなどが魚とよく合います。


 この間に切り取った鰭で煎餅を作ります。よく洗ってから水気を拭き取ってクッキングペーパーに並べます。
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 これを耐熱皿に乗せて、電子レンジで600W3分を2~3回繰り返します。一度加熱したら取り出し、庫内の蒸気を排出し、鰭も天地返しします。量が少ない場合は2回でも出来ますが、3回目は様子を見ながら時間を加減して下さい。油を使わないヘルシーな鰭煎餅が出来ます。カリッと仕上がったら塩を振ります。


 さて、カレー粉が馴染んだカレイですが、バッグからハーブだけを取り出し、片栗粉を振り入れます。
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 バッグを膨らませて密封し、よく振りますとカレイに片栗粉が満遍なく塗せます。


 余分な粉を叩いて、油を熱したフライパンでハーブとともに焼き上げます。
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 少し多めの油で焼き始め、傾けたフライパンの端に溜まる油をスプーンでカレイにかけながら両面同時に加熱します。鰭を切り取っていますので、フライパンが焦げ付きやすいと皮が剥けてしまうことがあります。その場合は、クッキングペーパーを敷いてその上で焼いて下さい。


 両面こんがりと火が通ったら完成です。
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 好みの野菜とレモンを添えて頂きましょう。鰭を切り取ってあるので身が背骨から外しやすいのですが、縁側の中の小骨(担鰭骨)は紛れやすいので注意して下さい。


 こちらはレンチンして作った鰭煎餅。軽く塩を振りました。
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 やや生臭さが残るので、これにもカレー粉を塗しておいた方が良かったかも知れません。



 特に師走は生鮮のナメタガレイマコガレイがお高くなります。かといって、どこの国のカレイか不明な冷凍切り身ではカレイ本来の美味しさは子供にも伝わりません。仙台湾はカレイの宝庫、特にマガレイは値段も手頃で生鮮物が販売されており、子供も喜ぶこのような料理で是非、味わってみて下さい。
2016/12/14(水) 05:00 | trackback(0) | comment(0)

小粋ナ独酌・対酌ノスゝメ その③ 最終

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 3回シリーズで開催して参りました晩酌塾“小粋ナ独酌・対酌ノスゝメ”、いよいよ最終回です。今回は江戸時代後期、庶民が食を楽しみ始めた頃の料理を再現しながら、当時の食文化を垣間見ます。会場は色々と我儘を聞いて下さっている仙台は立町のKaffeTomteさんです。なお、今回も写真は受講生の皆様からお借りしました。ありがとうございます。m(..)m




 食に関する日本の書籍は平安時代からありますが、当初は祭事の細則や包丁式家の秘伝書などでした。
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 その後、江戸時代に入ると流派を超えた料理の実用書や本朝食鑑のような専門的な食の事典も出版されます。さらに時代が下り、天明の頃になると農村部は飢饉で苦しんでいるのですが、上方や江戸では、食を楽しむ読み物や旅のグルメガイドなども著されるようになりました。

 私は以前より、食育に対して食楽という概念を確立しようと温めてきました。決して食道楽や食通のことではなく、食材の背景にも習熟して、その持ち味を活かした料理の創製を楽しむものです。その点からしますと、まだ、海外の料理に染まり切っていない江戸期の惣菜は食材の持ち味を活かしたものが多く、大変、参考になります。


 食楽の典型とも言える百珍本は連鎖反応のように僅か3年の間に7冊も発行されました。
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 百珍本とは特定の食材を取り上げ、その料理法を百種類以上紹介する実用書というより読み物です。中には記載されているレシピ通りでは決して再現できないものも紛れており、面白さを狙っていることがわかります。豆腐百珍が引き金となり、鯛、大根、卵、海鰻(鱧)と続き、少し間をおいて、蒟蒻や甘藷(薩摩芋)などの百珍本が出版されています。


 さて、今回の第一品目は、料理伊呂波包丁という安永二年(1773)に刊行された料理総合実用書に記載のあった前菜で、大根と林檎の胡麻山椒和えです。
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 中央には口直しに新物の生海苔山葵酢浸しを添えました。胡麻と山椒の組み合わせは和食としては珍しいと思います。大根は薄味で下煮をしてさっと焙ってから擂った黒胡麻と粉山椒で和えています。林檎は白胡麻を使いました。同じ胡麻でも風味は異なりますので、その対比も楽しんで頂こうという意匠です。


 本日のお酒はご覧の通り。
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 料理に合わせて、亀岡の阿部酒店さんが厳選して下さっています。




 この晩酌塾は江戸期の料理の再現だけではなく、その精神的背景にも探りを入れます。
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 江戸っ子の心意気はで成り立ってます。野暮は嫌われます。本来は上方で茶道や華道に精通している様子を粋(すい)と呼んでいたようですが、江戸に伝わり、庶民が江戸なりの精神美として(いき)を作り出しました。

 でも、を貫くのはそれなりに苦労も要り、息抜きも必要でしょう。少し緩い小粋くらいが肩肘張らず実践できそうです。特に単純美は現代でも見習うべき価値観だと思います。




 と言えば、池波正太郎の時代小説、鬼平犯科帳の長谷川平蔵ですね。二代目中村吉右衛門さんが良い味を出しています。
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 シリーズの中で兇賊という話がありますが、その中で加賀やという居酒屋で平蔵が名物の芋酒芋膾に舌鼓を打つシーンがありますが、料理番組さながらのシーンが印象的です。こちらをご覧ください。


 そして、まず、芋酒。トロ―リ温かで冬にぴったし。精力剤として呑まれていたとも。。。
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 鬼平犯科帳通りの作り方は山芋を賽の目に切って、熱湯に通し、擂り鉢で酒とともに擂っていくとあるのですが、熱湯に通す意味が分かりません。湯通し程度では中まで加熱されませんし、表面のぬめりを取ったとしても中からまた出て来ます。それに角切りの山芋を擂り潰すのは難儀です。普通におろし金か擂り鉢の内側で擂り下し、その後、酒とともに練り上げれば良いと思います。いずれにせよ、練り上げた芋酒はお燗で頂きます。


 こちらは芋膾ですが、里芋で作っています。
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 蒸かした里芋の上に酢締めの魚を乗せ、合わせ酢を掛け回したものです。天盛りは針生姜。添えは平田赤ねぎの甘酢漬け。シャリを里芋に替えた寿司のようにも見えますが、やはり膾ですね。面白い料理です。



 さて、江戸期の晩酌の華は何んと言っても小鍋立てです。
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 小鍋立ては自ずと独酌か対酌になります。3人以上になりますと宴になり様相が変わりますね。一人手酌で鍋を突きながら物を想ったり、差しつ差されつでしんみり話すのも好いものです。毎度毎度パーティーでは楽しくても自分磨きにはなりません。


 今回は奈良に飛鳥時代から伝わる飛鳥鍋にしました。
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 元来、ヤギの乳で作ったらしいのですが、現在では牛乳で代用します。メインの具にはこれから旬を迎える牡蠣を使いました。牡蠣とミルクは出会いですが、この鍋が江戸で食べられていたかは不明です。


 江戸期の晩酌から学ぶものは多いのですが、百珍本などの料理が普段食べられていたとは思えません。
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 江戸時代後期に実際に庶民が食べていた惣菜を知るには見立番付が役立ちます。見立番付とは相撲の番付表を真似して、様々な物のランキングを楽しむものです。その中に惣菜の番付がありました。200種類くらいが記載されており、魚類方と精進方に分かれています。精進方の大関は八杯豆腐、魚類方はめざしいわしとあります。


 この八杯豆腐が気になって作り方を調べましたら、醤油1、酒1、だし6の合計8で豆腐を炊いた物でした。
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 この調味液で同量の豆腐を炊きますと、塩分1%ほどの好適塩分に仕上がります。レシピを覚える先人の知恵ですね。煮汁にとろみを付けて戻してやると冬は体が温まります。天盛りは大根おろしと七味唐辛子。


 江戸期の晩酌を整理しますと、小鉢や小皿の前菜で呑み始め、小鍋立てでメインを楽しみ、〆の飯となります。
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 電熱器でも土鍋ご飯が炊けることは実証済です。名飯部類(享和2年;1802)というご飯料理の名著を紐解きますと、汁かけ飯も江戸期には好まれていたことが分かります。




 そこで、浅草海苔ではありませんが、ちょうど今、初海苔のシーズンなので生海苔を使った汁かけ飯で〆にします。
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 生海苔をだし醤油でつゆだくに炊いて、海苔と汁をご飯にかけ、山葵を乗せて頂きます。生海苔の香りが鼻腔に広がります。



 今回はデザートも用意しました。焼き柿です。焼き牡蠣ではありません。^^
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 これも江戸期に存在した菓子。焼くことによりトロリと甘くなり、皮まで食べられます。これに味醂と肉桂をかけています。素朴な甘さがなんとも懐かしい。日本人の甘味の原点は柿ですからね。上白糖に庶民は手が出せませんでしたし。




 今回の晩酌塾3回シリーズを全部受講された6名の方々には皆勤賞として私から薬研堀の七味唐辛子を贈呈させて頂きました。
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 薬研堀は400年近く前に日本橋で創業した七味唐辛子の老舗中の老舗です。現在も浅草で営業されており、通販でこのようなMy七味のケースも買うことができます。七味唐辛子は日本が生んだ世界に誇れるブレンドスパイスですね。




 江戸期の食文化を垣間見て、現代にも取り入れられる考え方や料理を探索して参りました。その結果、単純美を重んじるという概念と小鍋立てに象徴される晩酌スタイルに行き着きます。山海の美味を何種も詰め込んだ寄せ鍋を皆で突くのも楽しいものですが、3種類以内の厳選した具材を小鍋立てにして、一人手酌の独酌や差しつ差されつ対酌で楽しむのも落ち着きのない現代には必要な時間でしょう。


 江戸料理を再現して感じるのは素材の味を残す控えめでシンプルな味付けです。煎り酒煮貫で素材を味わうと現代の味付けが必要以上に濃いことに気付きます。醤油が普及した後でも八杯豆腐のように人間の体液の塩分濃度に近い味付けにしてあります。もちろん冷凍冷蔵保存はできませんので、高塩分の漬物や切込みもあったでしょうが、料理自体の味付けは極めてヘルシーだったようです。


 かといって、現代の食生活を江戸時代に戻したら、体格も貧弱になり寿命も縮小するでしょう。それにそのようなことは不可能です。世界中の料理で構成される現代の食生活ですが、その所々に江戸期の料理を織り込んで当時を偲びながら晩酌を楽しむのは日本人にしかできないことです。江戸庶民の好きな惣菜は見立番付から学べます。これに記載される200種余りの惣菜を1日1品ずつ晩酌のアテにするだけで半年以上も楽しめます。是非、池波正太郎の時代劇でも観ながら、江戸の心意気に浸って、小鍋立てを楽しみましょう。^^
2016/11/21(月) 05:00 | trackback(0) | comment(0)

小粋ナ独酌・対酌ノスゝメ その②

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 江戸時代の小粋な晩酌スタイルを現在に取り入れようと、様々な料理の再現を試みております。単に料理だけではなく、その精神的な背景や食文化の成り立ちなども勉強できればと思っています。現在、セミナー形式の勉強会(晩酌塾)を3回に分けて実施しておりますが、今回はスパイスという切り口で江戸の食文化を垣間見てみました。


 本題に入る前にこのセミナー(晩酌塾)の趣意をまとめています。
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 日本独自の晩酌文化を通じて、日本的精神美を誇りに思える人を増やしていきたいのです。国際交流も深まると自国の文化を知らず、それを誇りに思えない人は必ず行き詰まります。


 さて、江戸期のスパイスと言いますと、山椒や山葵などの日本在来のものを思い浮かべたのではないでしょうか。
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 しかし、上記のスパイスは江戸時代以前に日本に伝わっております。この中で新大陸からポルトガル経由で伝わった唐辛子はその後、江戸時代に入ると七味唐辛子(七種唐辛子)という複合スパイスとして日本中に普及定着しました。そのため、それ以前に主要な香辛料であった胡椒が影を潜めてしまいます。肉桂もお菓子以外に一部の料理にも使われたのですが、現在まで継承されることはありませんでした。

 その理由はスパイスの料理への取り入れ方が西洋とは異なったからでしょう。ヨーロッパが大航海してまでスパイスを求めたのは、スパイス消臭・防腐効果だったとされています。肉の臭い消しや保存に欠かせなかったので、その需要は大きく、様々なスパイスが試され、料理に取り込まれていったのでしょう。

 一方、日本では外来のスパイス類は漢方薬や観賞用として導入されています。従って、長らく料理への利用はなかったのですが、薬食同源の思想から、薬の味すなわち薬味を料理に加える加薬が流行り始めました。今でも関西では加薬うどんや加薬ご飯という名称は残されていますが、薬味から具材全体を示すようになっています。

 しかしながら、日本では4つ足の肉食が表向き禁止され、比較的鮮度の良い食料を食べていましたので、強い消臭効果は必要なく、上品で控えめ香が好まれました。そして、上記のように七味唐辛子の席巻で他の渡来スパイスが料理に登場する機会をなくしたのでした。



 さて、話を戻して一品目は日本が世界に誇る複合スパイス七味唐辛子をたっぷり使った秋刀魚の辛味漬けです。
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 この料理は九十九里浜に伝わる郷土料理です。学生時代、夏休みに九十九里のイワシ巻き網船でアルバイトをしていましたので、寝泊まりしていた網元の家でよくご馳走になりました。もちろん、九十九里浜では秋刀魚ではなくカタクチイワシで作っていました。


 今回もお酒は吟味しています。

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 利き酒師の早坂おっかあが一つ一つ詳しく解説をして下さいます。


 続いて、肉桂(シナモン)を使った利休大根鶏肝の甘辛煮です。
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 シナモンには3系統あります。セイロンシナモンと中国シナモンのカシア、そして日本で栽培される肉桂。現在は区別されずにシナモンとされ、出回っていますが、大半はカシアでしょう。

 料理名に利休が付く場合は胡麻を使ったものなりますが、この大根の胡麻和えにはシナモンの香りが実によく合います。鶏肝の甘辛煮にもシナモンが加わりますと自ら突出することなく、香りの全体の奥行きが深まります。


 さて、メインの小鍋立てに移る前に熱源についての解説です。
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 江戸期には火鉢が周年稼働していたようです。夏季はもちろん暖を取るというよりもお湯を沸かしたり、キセルに火を付けるために利用されていたようです。私の祖父もいつも火鉢の前に座って灰を枯山水の庭園みたいに手入れしていました。

 さらに江戸期の日本酒は夏でもお燗をしたそうで、そのためにも火鉢は便利だったでしょう。小鍋立ても鍋料理というより卓上調理のような感覚で晩酌のアテを作りながら食べる道具だったのではないでしょうか。ただ、現代の家屋は密閉性が強く、一酸化炭素による中毒も不安です。それにを熾すのも手間が掛かります。


 そこで、あれこれ考えて火力可変式電熱器に行き着きました。
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 卓上ガスコンロやIEコンロとの大きな違いはが焼けるということです。それと熱線周囲の天板もかなり熱くなりますので、そこでお燗も付けることができます。



 小鍋立てはせいぜい一人か二人で楽しむ調理手法。作りながらゆっくりと食べていきます。一度に完成しますと煮詰まりますからね。
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 それと小粋に楽しみたいので、せいぜい具材は3種類以内。メインとなる具材の持ち味を高めます。そうしますと、自ずと料理のパターンが見えてきますね。でも、食材や味付けを変えると無限の小鍋立てが創製できます。



 今回も鍋料理というより調理手段として小鍋を使います。今が旬の秋鮭をしっとりと茹でて、さっぱり小粋に食べようという企みです。^^
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 ご承知のようにタンパク質は60℃を超える頃より熱変性して凝固していきます。さらに過熱しますと脱水が起こりパサつきます。そこで、70℃前後で加熱しますとふっくらジューシーに仕上がるのです。

 温度計がなくても泡の様相で判断が付きます。小豆粒くらいの泡が鍋底一面に出てくる頃が約80℃。これに食材を投入しますと温度が下がり70℃くらいになります。これを5分以上維持します。



 茹で上がった秋鮭柚子胡椒を混ぜた霙酢で頂きます。
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 酸味として昆布酢(ダシ昆布を漬け込んだ酢)を使うのがポイント。ふわふわのの身をさっぱりピリッとした大根おろしで食べますので、お酒は甘口が合いますね。

 ところで柚子胡椒にはスパイスとして唐辛子を使っているにも関わらず、どうして胡椒と呼ぶのでしょう。実は九州地方では今でも唐辛子胡椒と呼んでいますが、一説によると、唐を枯らすに通じるから嫌ったとのことです。沖縄のコーレーグスも高麗胡椒が沖縄弁になったものですが、こちらも唐辛子なのに胡椒と呼んでいます。


 江戸期の晩酌を整理しますと、まず前菜として適当な小皿や小鉢物や用意します。続いてメインの小鍋立てを楽しんだら〆のご飯になります。
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 電熱器でも土鍋ご飯を炊くことは可能です。ガス火のように吹きこぼれることはないので、湯気が立ち上ったら弱火にします。


 江戸時代後期に刊行された名飯部類という文献に当時の米料理が149品も紹介されています。
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 この中には晩酌の〆にヨサゲな飯もかなり多く掲載されております。

 
 今回はスパイスがテーマなので、江戸時代前期までよく使われていた胡椒使った胡椒飯鶏飯と組み合わせてみました。
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 鶏胸肉を茹でたスープに煎り酒 (関連記事) を混ぜてかけ汁を作り、いわゆる汁かけ飯として頂きます。煎り酒は鰹節を使っていますので、ゴージャスな鶏と魚のWスープかけ飯になります。挽き立ての胡椒の香りがご飯にも合いますね。胡椒風味汁かけ飯を江戸時代前期の庶民が食べていたなんてちょっと意外ですね。



 晩酌塾第弐回は日本に伝わった外来スパイスと実際にそれらを使った料理の再現を行いました。その中で日本の在来作目のように思われている唐辛子が実は多くのスパイスの中でも意外と歴史が浅く、コロンブスが新大陸(西インド諸島)で発見(1492年)してから僅かの期間で日本にも伝わってきたことも勉強しました。

 コロンブス胡椒の仲間だと勘違いして、レッドペッパー(チリペッパー)と名付けていますが、似ているのは辛さだけで香りは胡椒に及びません。それでも世界で持て囃されたのは、栽培が容易で、土地ごとに適応した品種となって定着したからでしょう。日本でも戦国時代に渡来してから、江戸時代前期には七味唐辛子として庶民の日常食にも定着していきました。

 この日本オリジナルの複合香辛料である七味唐辛子は、ガラムマサラやエルブドプロバンスのように世界に誇れるブレンドスパイスだと思います。おそらく七味唐辛子の上品な香りと行き過ぎない辛さを理解できる海外の方も多くいるでしょう。今度、外国に行く機会があれば、七味唐辛子をお土産にしてみたいと思いますが、芥子の実が使われている場合、国によっては犯罪になることがありますので、事前によく調べておく必要があります。
2016/11/07(月) 05:00 | trackback(0) | comment(0)

小粋ナ独酌・対酌ノスゝメ その①

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 以前からずーっと考え続けてきたことがあります。それは晩酌を小粋に演出できないかということです。晩酌ですから、当然、独酌になります。相方が飲める場合や友が訪ねてきた場面では対酌となることもあるでしょう。それでも、決して宴ではなく晩酌です。仲間とワイワイやるパーティーは楽しいものですが、独酌で自分を振り返ったり、対酌でしみじみと語り合ったりする機会もなければ、自分磨きにはなりません。。。と思うのです。


 話が翻りますが、和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界から日本の食文化が注目されています。和食は決してすき焼きや寿司だけではなく、日常生活の中で培われてきたのですが、現代の食生活では和食の方が影を潜めています。では、純粋な和食を日本人が食べていたのはいつ頃まででしょう。明治維新後、文明開化の波とともに洋食が普及し始めます。その後、大陸から中国料理も巷に広まります。江戸時代においても、オランダを通じてヨーロッパの料理は入ってきたでしょうが、江戸庶民にはそのままでは口に入らず、天婦羅のように、それらが日本料理に同化された形で味わったのだろうと想像しています。


 なかなか、境界が見出せないのですが、まず、江戸時代の庶民が口にしていたものが日常的な和食としてよいでしょう。前振りが長くなりましたが、江戸時代晩酌について掘り下げていくうちに、それが実に豊かで合理的であり、そして何よりもであることに感銘しました。以前より、池波正太郎の時代小説や食べ物に関する作品を通じて、江戸時代の豊かな食生活に憧れはありましたが、それが現代にも通用し、世界にも紹介できるものであると確信し、整理して体系化し、セミナー形式で発表することにしました。もちろん、テーマは江戸期の晩酌ですから、再現した料理も体験して頂きます。9月から月1回計3回に分けて、仙台は立町のKaffeTomteさんで開催します。第1回目は江戸期の調味料に焦点を当ててみました。なお、スライドや料理を解説しながら写真を撮ることがほとんど出来なかったので、受講生の皆様から多くをお借りしています。m(..)m



 江戸時代前期、上方と違って江戸の庶民にはまだ醤油が普及していませんでした。しかし、従来からの調味料や食品を使って様々工夫がなされていました。
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 醤油の代わりを担ったのは煮貫煎り酒でした。これらについては以前に記事にしていますので、こちらをご覧下さい(関連記事)。

 
 煎り酒にも使われる梅干し梅酢も重要な調味料でした。
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 梅酢には赤白がありますが、山芋を赤梅酢で、茄子や胡瓜を白梅酢で漬けた浅漬けを最初にお出しします。


 続いてお造りを煮貫煎り酒で試して頂きました。
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 刺身は鰹、真鯛、蛸の三種、これらと煮貫煎り酒の相性をチェックして頂きます。好みもありますが、煎り酒は全部に合うと思います。煮貫は赤身や青魚に合いやすいでしょう。いずれもダシが含まれますが、刺身を食べる時は鰹節を抑えて昆布を主体にした方が素材の持ち味を邪魔しないようです。


 お酒も厳選して用意されましたが、江戸時代にはこんな美味しいお酒はなかったでしょうね。
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 江戸時代の精米技術レベルはまだ低く、90~80%。従って、雑味も多かったのですが、糖度も現在よりもかなり高かったそうです。アルコール度数は17~20%と現在とあまり変わりませんが、味が濃いので水で割って販売していました。その結果、末端では度数が5%程度になったそうです。2合飲んでもビール1缶(350ml)程度の酔いだったのでしょうか。。。


 江戸期の晩酌のメインは何といっても小鍋立てでしょう。
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 江戸期には火鉢が周年稼働していたようです。夏季は暖を取るというよりもお湯を沸かしたり、キセルに火を付ける火元としてなくてはならない存在だったようです。また、江戸期の日本酒は夏でもお燗をしたそうで、そのためにも火鉢は便利だったでしょう。小鍋立ても鍋料理というより卓上調理のような感覚で晩酌のアテを作りながら摘まんだのでしょう。鍋を挟んで差しつ差されつも乙なもんですよね。


 ただ、現代の家屋は密閉性が強く、炭火では一酸化炭素による中毒が不安です。
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 それに炭を熾すのも手間が掛かります。そこで、あれこれ考えて火力可変式電熱器に行き着きました。


 小鍋立てを卓上調理の手段と捉えれば、幅が広がります。
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 夏の暑いさ中はやはり涼を感じるものが御馳走となります。そこで江戸期には存在しませんが、冷やしゃぶを作りながら食べるのもちょっと粋ですよね。氷を入れた酒塩で冷やして霙梅酢で頂きますのでさっぱり感が夏向きです。


 要するに提唱したい小粋な晩酌は前菜で軽く吞みながら、小鍋立てでメインを作るといったスタイル
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 もちろん、米も炊けますので〆にはご飯で汁かけ飯やお茶漬けも頂けます。


 〆もまだ暑さを感じる時期でしたので、冷や汁で冷たい白石温麺を頂きました。
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 冷や汁は宮崎県と埼玉県の郷土料理ですが、これは魚を使わない埼玉県の冷や汁。埼玉県の川島町ではこの冷や汁にうどんを付けて食べるすったてうどんが名物。すったてとは卓上で胡麻を擂り、冷や汁を作って食べるからで、擂り立てが訛ったのですね。

 江戸の町で冷や汁が食べられていたか不明ですが、江戸は今の東京と同じで全国から人が集まっていました。当然、同じ武蔵国であり隣接する入間郡辺りからも商用や普請などで人は来ていたはずで、夏には冷や汁を作って食べていたかも知れません。




 さてさて、江戸期の小粋な晩酌を実践し、共感を持って頂ける方々を増やしたい一心で始めた晩酌塾ですが、今後、どう展開していくのでしょう。これから、段々と寒さも本格化し、小鍋立てが本領を発揮するシーズンが到来します。小鍋立てを一人分の鍋料理と限定しないで、卓上調理の手段として捉えれば、無限の小鍋立てが創出できるであろうと考えております。^^
2016/10/24(月) 05:00 | trackback(0) | comment(0)

【岩沼市】三陸海の幸勉強会~夏のご馳走~

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 4月以来、新しい仕事に慣れるのに精一杯で、少し疎かになっていた魚食普及活動ですが、「いわぬま食育研究会」の皆様からご要望があり、先日、仙南地域では初めての三陸海の幸勉強会を開催致しました。


 始めに、布田会長のご挨拶がございました。布田会長は岩沼市議会議員もされております。
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 この後、初めての会場ですので宮城の海と水産業の特徴東日本大震災による被災と復興状況などを小一時間プレゼンさせて頂きました。


 ちなみに、本日のお献立は以下の三品です。簡単な料理ということでご要望されておりました。レシピはこの記事の最後に掲載しています。

 
  海の冷や汁 白石温麺を添えて 
 若布と卵のガーリック炒め
 復興飯(若布と銀鮭の混ぜ御飯)
    

 まず最初にご飯を炊いている間に復興飯の具材を整えます。
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 復興飯は養殖業の復興の象徴である銀鮭若布の混ぜ御飯です。レシピには塩銀鮭と記載しましたが、このシーズン(8月初旬まで)は養殖銀鮭が水揚げされていますので、生銀鮭が購入できます。ただ、塩をしてありませんので、米1合当たり3gの塩を皮と骨を取った身に振りかけてよく叩き合わせておきます。

 おにぎりや炊き込みご飯は人間の体液の塩分濃度0.9%前後で美味しく感じます。米1合を炊きますと、約330gになりますので、3gの塩を加えるのです。これに戻して刻んだ塩蔵若布からも塩味が加わりますので、若干少なめにして置いた方が無難です。


 ご飯が炊き上がりましたら、まず、銀鮭の身をさっくり混ぜ合わせてご飯の余熱で加熱します。
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   100℃以下で加熱しますので身もふっくら。銀鮭に熱が通りましたら若布をよく混ぜ合わせて完成です。塩蔵若布はボイルしてありますので、加熱する必要はありません。


 復興飯の完成です。塩味も丁度良い具合に決まりました。
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 実際は具材を混ぜ合わせるのは食べる直前で、ご飯が炊ける間に他の料理も作っているのです。


 銀鮭の切り身から外した皮や小骨はパリパリの煎餅にします。
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 油で揚げず、レンチンして作りますので、ヘルシーなスナックです。ビールのつまみに最高。


 さて、ご飯を炊いている間にもう1品。若布と卵のガーリック炒めに取り掛かります。
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 まず、多めの胡麻油でスライスしたニンニクを気長に炒めていきます。

 
 ニンニクがカリカリのニンニクチップスになりましたら取り出して、若布、卵の順に炒め合わせます。
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 味付けは麺つゆと醤油を半々でかけ回します。麺つゆだけだと甘味が強過ぎます。


 若布と卵のガーリック炒めの完成です。ガーリックチップスを乗せる前に撮影してしまいました。^^
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 この惣菜は冷めても美味しく、お弁当にも便利です。お子さんもこれなら若布も沢山食べることが出来ます。


 さて、最後に冷や汁作りに取り掛かります。
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 冷や汁と言いますと、宮崎県のものが有名ですが、こちらは埼玉県の作り方で、こちらの方が夏向きでさっぱりと頂けます。冷や汁を知らない方にこれをお出ししますと、冷めた味噌汁のような印象を持つようです。これは大きな間違いで、山形の冷やしラーメンが冷めたラーメンではないのと同じように冷たく頂くための作り方をしています。

 冷や汁と簡単に申しますが、夏野菜の冷製胡麻スープと言った方が正しいように思えます。たっぷりの煎り胡麻を擂って味噌を加え、スライスした茄子や胡瓜をこれでもかと言うほど突き合わせます。味噌の塩分で野菜がしんなりしたところに氷水を加えて完成です。後でお椀に盛り付けてから、刻み若布としらす干しを天盛りして、少しっぽさを出しました。^^


 涼味たっぷりの冷や汁の完成です。
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 薬味として、長葱や大葉、茗荷などがよく合います。これに崩した豆腐なども合いますね。夏の暑い日にご飯にこの冷や汁をかけて掻き込みますといくらでも入っていきます。今日はこれに白石温麺を添えて頂きます。


 本日のお献立の完成です。
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 ちょうど1時間くらいで出来上がりました。夏は汗をかきますので、適当な塩分の補給は大切です。


 こちらが銀鮭若布の混ぜご飯である復興飯です。
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 銀鮭が低温加熱によりしっとりしています。焼いた塩鮭の混ぜ飯とは別物です。


 ガーリックチップスがたっぷり乗った若布と卵の炒め物
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 ニンニク風味で夏でも食欲が湧いてきます。大粒のニンニクでしたので、迫力がありますね。^^


 胡麻の風味が利いている埼玉式冷や汁の海バージョンです。^^
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 冷や汁はそのまま汁物として召し上がっても美味しいのですが、このように温麺や細めのうどんを浸けながら食べるのも夏にぴったり。


 初めての岩沼市中央公民館での三陸海の幸勉強会でしたが、山元町からお出で下さった方もおりました。魚食普及の輪が広がるのは楽しいですね。魚料理のレパートリーはレシピをどれだけ知っているかではなく、どれだけ作ったことがあるかです。ネットでどんなレシピでも手に入る時代ですが、手と舌で覚えない限り、単なる知識に過ぎません。魚食普及は情報や知識の提供だけではなく、このような地道な努力が必要であると思っております。


レシピです(4人分)


 ◆ 海の冷や汁 白石温麺を添えて            
   材 料: キュウリ・・・・・・2本
        ナス・・・・・・・・2個
        長葱・・・・・・・・半分
        青紫蘇・・・・・・・4枚
        塩蔵若布・・・・・・10g
        しらすぼし・・・・・大さじ2
        白胡麻・・・・・・・半カップ
        赤味噌・・・・・・大さじ4
        氷水・・・・・・・・700ml  
        白石温麺・・・・・・100~200g
        (つけ麺のように食事にする場合は一人100g)
   作り方
① キュウリ、ナス、長葱は薄い輪切りに、青紫蘇は千切りにしておく。
② 若布を水で戻して、細かく切っておく。
③ 擂り鉢に煎った白胡麻を入れてよく擂る。
④ ③に味噌と長葱を入れて混ぜ合わせる。
⑤ ④にキュウリとナスを加え、突くように馴染ませる。
⑥ ⑤に氷水を注ぎ、若布としらすぼしを加える。
⑦ 温麺を茹でて、水で洗い氷水で締めてから水気を切っておく。
⑧ ⑥を器に盛って、青紫蘇を天盛りし、⑦を添える。
※ 薬味としてミョウガや粉山椒、具に崩した絹ごし豆腐もよく合う。
※ 水で洗ったご飯にかけて食べても美味しい。
 
 ◆ 若布と卵のガーリック炒め   
  材 料: 塩蔵ワカメ・・・・・・・60g
       卵・・・・・・・・・・・2個
       ニンニク・・・・・・・・2片
       胡麻油・・・・・・・・大さじ2
       麺つゆ・・・・・・・・大さじ1/
       醤油・・・・・・・・・大さじ1/2
       七味唐辛子・・・・・・・少々
   作り方
① 塩蔵ワカメは水で戻して適宜に切り、ニンニクはスライスにしておく。
② フライパンに胡麻油を敷き、ニンニクを炒めて香りを出す。
③ ②がカリッとしたら、取り出してキッチンパーパーで油を切る。
④ ③のフライパンの残った油でワカメを炒める。
⑤ ワカメの脇で溶き卵を炒め、スクランブルエッグにする。
⑥ ワカメに麺つゆと醤油をかけて馴染ませる。
⑦ ワカメとスクランブルエッグを混ぜて、皿に盛り、③を天盛りする。
⑧ 好みで七味唐辛子を振る。
※ 写真ではチリメンジャコもニンニクと一緒に炒めて天盛りしている。

 ◆ 復興飯(若布と銀鮭の混ぜ御飯)    
     材 料:米・・・・・・・・・・2合  
       塩銀鮭切り身・・・・・2切
       塩蔵ワカメ・・・・・・10g
       塩・・・・・・・・・・適量
       ダシ昆布・・・・・・・名刺大
  作り方
① 米をよく研ぎ、ダシ昆布を入れて炊き上げる。
② 銀鮭の皮と骨を取り除いて、微塵切りにする。皮と骨はとっておく。
③ 塩蔵ワカメはさっと水に浸し、まだ、塩味があるうちに水気を切って微塵切りにする。
④ 飯が炊き上がったら、昆布を除き、②をさっと混ぜて蒸らす。
⑤ 銀鮭に熱が通ったら、③を混ぜ込み、塩味が薄い場合は塩で調整する。

※ 皮と中骨は電子レンジで加熱して皮骨煎餅とする。皿にキッチンペーパーを敷き、皮と中骨を重ならないように並べ、上にもキッチンパーパーを被せる。500Wで3分を2~3回繰り返す。途中で庫内の水蒸気を扇ぎ出す。味が薄い時は塩を振る。
2016/08/22(月) 05:00 | trackback(0) | comment(0)