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小粋ナ独酌・対酌ノスゝメ その③ 最終

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 3回シリーズで開催して参りました晩酌塾“小粋ナ独酌・対酌ノスゝメ”、いよいよ最終回です。今回は江戸時代後期、庶民が食を楽しみ始めた頃の料理を再現しながら、当時の食文化を垣間見ます。会場は色々と我儘を聞いて下さっている仙台は立町のKaffeTomteさんです。なお、今回も写真は受講生の皆様からお借りしました。ありがとうございます。m(..)m




 食に関する日本の書籍は平安時代からありますが、当初は祭事の細則や包丁式家の秘伝書などでした。
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 その後、江戸時代に入ると流派を超えた料理の実用書や本朝食鑑のような専門的な食の事典も出版されます。さらに時代が下り、天明の頃になると農村部は飢饉で苦しんでいるのですが、上方や江戸では、食を楽しむ読み物や旅のグルメガイドなども著されるようになりました。

 私は以前より、食育に対して食楽という概念を確立しようと温めてきました。決して食道楽や食通のことではなく、食材の背景にも習熟して、その持ち味を活かした料理の創製を楽しむものです。その点からしますと、まだ、海外の料理に染まり切っていない江戸期の惣菜は食材の持ち味を活かしたものが多く、大変、参考になります。


 食楽の典型とも言える百珍本は連鎖反応のように僅か3年の間に7冊も発行されました。
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 百珍本とは特定の食材を取り上げ、その料理法を百種類以上紹介する実用書というより読み物です。中には記載されているレシピ通りでは決して再現できないものも紛れており、面白さを狙っていることがわかります。豆腐百珍が引き金となり、鯛、大根、卵、海鰻(鱧)と続き、少し間をおいて、蒟蒻や甘藷(薩摩芋)などの百珍本が出版されています。


 さて、今回の第一品目は、料理伊呂波包丁という安永二年(1773)に刊行された料理総合実用書に記載のあった前菜で、大根と林檎の胡麻山椒和えです。
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 中央には口直しに新物の生海苔山葵酢浸しを添えました。胡麻と山椒の組み合わせは和食としては珍しいと思います。大根は薄味で下煮をしてさっと焙ってから擂った黒胡麻と粉山椒で和えています。林檎は白胡麻を使いました。同じ胡麻でも風味は異なりますので、その対比も楽しんで頂こうという意匠です。


 本日のお酒はご覧の通り。
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 料理に合わせて、亀岡の阿部酒店さんが厳選して下さっています。




 この晩酌塾は江戸期の料理の再現だけではなく、その精神的背景にも探りを入れます。
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 江戸っ子の心意気はで成り立ってます。野暮は嫌われます。本来は上方で茶道や華道に精通している様子を粋(すい)と呼んでいたようですが、江戸に伝わり、庶民が江戸なりの精神美として(いき)を作り出しました。

 でも、を貫くのはそれなりに苦労も要り、息抜きも必要でしょう。少し緩い小粋くらいが肩肘張らず実践できそうです。特に単純美は現代でも見習うべき価値観だと思います。




 と言えば、池波正太郎の時代小説、鬼平犯科帳の長谷川平蔵ですね。二代目中村吉右衛門さんが良い味を出しています。
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 シリーズの中で兇賊という話がありますが、その中で加賀やという居酒屋で平蔵が名物の芋酒芋膾に舌鼓を打つシーンがありますが、料理番組さながらのシーンが印象的です。こちらをご覧ください。


 そして、まず、芋酒。トロ―リ温かで冬にぴったし。精力剤として呑まれていたとも。。。
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 鬼平犯科帳通りの作り方は山芋を賽の目に切って、熱湯に通し、擂り鉢で酒とともに擂っていくとあるのですが、熱湯に通す意味が分かりません。湯通し程度では中まで加熱されませんし、表面のぬめりを取ったとしても中からまた出て来ます。それに角切りの山芋を擂り潰すのは難儀です。普通におろし金か擂り鉢の内側で擂り下し、その後、酒とともに練り上げれば良いと思います。いずれにせよ、練り上げた芋酒はお燗で頂きます。


 こちらは芋膾ですが、里芋で作っています。
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 蒸かした里芋の上に酢締めの魚を乗せ、合わせ酢を掛け回したものです。天盛りは針生姜。添えは平田赤ねぎの甘酢漬け。シャリを里芋に替えた寿司のようにも見えますが、やはり膾ですね。面白い料理です。



 さて、江戸期の晩酌の華は何んと言っても小鍋立てです。
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 小鍋立ては自ずと独酌か対酌になります。3人以上になりますと宴になり様相が変わりますね。一人手酌で鍋を突きながら物を想ったり、差しつ差されつでしんみり話すのも好いものです。毎度毎度パーティーでは楽しくても自分磨きにはなりません。


 今回は奈良に飛鳥時代から伝わる飛鳥鍋にしました。
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 元来、ヤギの乳で作ったらしいのですが、現在では牛乳で代用します。メインの具にはこれから旬を迎える牡蠣を使いました。牡蠣とミルクは出会いですが、この鍋が江戸で食べられていたかは不明です。


 江戸期の晩酌から学ぶものは多いのですが、百珍本などの料理が普段食べられていたとは思えません。
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 江戸時代後期に実際に庶民が食べていた惣菜を知るには見立番付が役立ちます。見立番付とは相撲の番付表を真似して、様々な物のランキングを楽しむものです。その中に惣菜の番付がありました。200種類くらいが記載されており、魚類方と精進方に分かれています。精進方の大関は八杯豆腐、魚類方はめざしいわしとあります。


 この八杯豆腐が気になって作り方を調べましたら、醤油1、酒1、だし6の合計8で豆腐を炊いた物でした。
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 この調味液で同量の豆腐を炊きますと、塩分1%ほどの好適塩分に仕上がります。レシピを覚える先人の知恵ですね。煮汁にとろみを付けて戻してやると冬は体が温まります。天盛りは大根おろしと七味唐辛子。


 江戸期の晩酌を整理しますと、小鉢や小皿の前菜で呑み始め、小鍋立てでメインを楽しみ、〆の飯となります。
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 電熱器でも土鍋ご飯が炊けることは実証済です。名飯部類(享和2年;1802)というご飯料理の名著を紐解きますと、汁かけ飯も江戸期には好まれていたことが分かります。




 そこで、浅草海苔ではありませんが、ちょうど今、初海苔のシーズンなので生海苔を使った汁かけ飯で〆にします。
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 生海苔をだし醤油でつゆだくに炊いて、海苔と汁をご飯にかけ、山葵を乗せて頂きます。生海苔の香りが鼻腔に広がります。



 今回はデザートも用意しました。焼き柿です。焼き牡蠣ではありません。^^
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 これも江戸期に存在した菓子。焼くことによりトロリと甘くなり、皮まで食べられます。これに味醂と肉桂をかけています。素朴な甘さがなんとも懐かしい。日本人の甘味の原点は柿ですからね。上白糖に庶民は手が出せませんでしたし。




 今回の晩酌塾3回シリーズを全部受講された6名の方々には皆勤賞として私から薬研堀の七味唐辛子を贈呈させて頂きました。
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 薬研堀は400年近く前に日本橋で創業した七味唐辛子の老舗中の老舗です。現在も浅草で営業されており、通販でこのようなMy七味のケースも買うことができます。七味唐辛子は日本が生んだ世界に誇れるブレンドスパイスですね。




 江戸期の食文化を垣間見て、現代にも取り入れられる考え方や料理を探索して参りました。その結果、単純美を重んじるという概念と小鍋立てに象徴される晩酌スタイルに行き着きます。山海の美味を何種も詰め込んだ寄せ鍋を皆で突くのも楽しいものですが、3種類以内の厳選した具材を小鍋立てにして、一人手酌の独酌や差しつ差されつ対酌で楽しむのも落ち着きのない現代には必要な時間でしょう。


 江戸料理を再現して感じるのは素材の味を残す控えめでシンプルな味付けです。煎り酒煮貫で素材を味わうと現代の味付けが必要以上に濃いことに気付きます。醤油が普及した後でも八杯豆腐のように人間の体液の塩分濃度に近い味付けにしてあります。もちろん冷凍冷蔵保存はできませんので、高塩分の漬物や切込みもあったでしょうが、料理自体の味付けは極めてヘルシーだったようです。


 かといって、現代の食生活を江戸時代に戻したら、体格も貧弱になり寿命も縮小するでしょう。それにそのようなことは不可能です。世界中の料理で構成される現代の食生活ですが、その所々に江戸期の料理を織り込んで当時を偲びながら晩酌を楽しむのは日本人にしかできないことです。江戸庶民の好きな惣菜は見立番付から学べます。これに記載される200種余りの惣菜を1日1品ずつ晩酌のアテにするだけで半年以上も楽しめます。是非、池波正太郎の時代劇でも観ながら、江戸の心意気に浸って、小鍋立てを楽しみましょう。^^
2016/11/21(月) 05:00 | trackback(0) | comment(0)
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