小粋ナ独酌・対酌ノスゝメ その②

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 江戸時代の小粋な晩酌スタイルを現在に取り入れようと、様々な料理の再現を試みております。単に料理だけではなく、その精神的な背景や食文化の成り立ちなども勉強できればと思っています。現在、セミナー形式の勉強会(晩酌塾)を3回に分けて実施しておりますが、今回はスパイスという切り口で江戸の食文化を垣間見てみました。


 本題に入る前にこのセミナー(晩酌塾)の趣意をまとめています。
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 日本独自の晩酌文化を通じて、日本的精神美を誇りに思える人を増やしていきたいのです。国際交流も深まると自国の文化を知らず、それを誇りに思えない人は必ず行き詰まります。


 さて、江戸期のスパイスと言いますと、山椒や山葵などの日本在来のものを思い浮かべたのではないでしょうか。
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 しかし、上記のスパイスは江戸時代以前に日本に伝わっております。この中で新大陸からポルトガル経由で伝わった唐辛子はその後、江戸時代に入ると七味唐辛子(七種唐辛子)という複合スパイスとして日本中に普及定着しました。そのため、それ以前に主要な香辛料であった胡椒が影を潜めてしまいます。肉桂もお菓子以外に一部の料理にも使われたのですが、現在まで継承されることはありませんでした。

 その理由はスパイスの料理への取り入れ方が西洋とは異なったからでしょう。ヨーロッパが大航海してまでスパイスを求めたのは、スパイス消臭・防腐効果だったとされています。肉の臭い消しや保存に欠かせなかったので、その需要は大きく、様々なスパイスが試され、料理に取り込まれていったのでしょう。

 一方、日本では外来のスパイス類は漢方薬や観賞用として導入されています。従って、長らく料理への利用はなかったのですが、薬食同源の思想から、薬の味すなわち薬味を料理に加える加薬が流行り始めました。今でも関西では加薬うどんや加薬ご飯という名称は残されていますが、薬味から具材全体を示すようになっています。

 しかしながら、日本では4つ足の肉食が表向き禁止され、比較的鮮度の良い食料を食べていましたので、強い消臭効果は必要なく、上品で控えめ香が好まれました。そして、上記のように七味唐辛子の席巻で他の渡来スパイスが料理に登場する機会をなくしたのでした。



 さて、話を戻して一品目は日本が世界に誇る複合スパイス七味唐辛子をたっぷり使った秋刀魚の辛味漬けです。
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 この料理は九十九里浜に伝わる郷土料理です。学生時代、夏休みに九十九里のイワシ巻き網船でアルバイトをしていましたので、寝泊まりしていた網元の家でよくご馳走になりました。もちろん、九十九里浜では秋刀魚ではなくカタクチイワシで作っていました。


 今回もお酒は吟味しています。

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 利き酒師の早坂おっかあが一つ一つ詳しく解説をして下さいます。


 続いて、肉桂(シナモン)を使った利休大根鶏肝の甘辛煮です。
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 シナモンには3系統あります。セイロンシナモンと中国シナモンのカシア、そして日本で栽培される肉桂。現在は区別されずにシナモンとされ、出回っていますが、大半はカシアでしょう。

 料理名に利休が付く場合は胡麻を使ったものなりますが、この大根の胡麻和えにはシナモンの香りが実によく合います。鶏肝の甘辛煮にもシナモンが加わりますと自ら突出することなく、香りの全体の奥行きが深まります。


 さて、メインの小鍋立てに移る前に熱源についての解説です。
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 江戸期には火鉢が周年稼働していたようです。夏季はもちろん暖を取るというよりもお湯を沸かしたり、キセルに火を付けるために利用されていたようです。私の祖父もいつも火鉢の前に座って灰を枯山水の庭園みたいに手入れしていました。

 さらに江戸期の日本酒は夏でもお燗をしたそうで、そのためにも火鉢は便利だったでしょう。小鍋立ても鍋料理というより卓上調理のような感覚で晩酌のアテを作りながら食べる道具だったのではないでしょうか。ただ、現代の家屋は密閉性が強く、一酸化炭素による中毒も不安です。それにを熾すのも手間が掛かります。


 そこで、あれこれ考えて火力可変式電熱器に行き着きました。
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 卓上ガスコンロやIEコンロとの大きな違いはが焼けるということです。それと熱線周囲の天板もかなり熱くなりますので、そこでお燗も付けることができます。



 小鍋立てはせいぜい一人か二人で楽しむ調理手法。作りながらゆっくりと食べていきます。一度に完成しますと煮詰まりますからね。
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 それと小粋に楽しみたいので、せいぜい具材は3種類以内。メインとなる具材の持ち味を高めます。そうしますと、自ずと料理のパターンが見えてきますね。でも、食材や味付けを変えると無限の小鍋立てが創製できます。



 今回も鍋料理というより調理手段として小鍋を使います。今が旬の秋鮭をしっとりと茹でて、さっぱり小粋に食べようという企みです。^^
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 ご承知のようにタンパク質は60℃を超える頃より熱変性して凝固していきます。さらに過熱しますと脱水が起こりパサつきます。そこで、70℃前後で加熱しますとふっくらジューシーに仕上がるのです。

 温度計がなくても泡の様相で判断が付きます。小豆粒くらいの泡が鍋底一面に出てくる頃が約80℃。これに食材を投入しますと温度が下がり70℃くらいになります。これを5分以上維持します。



 茹で上がった秋鮭柚子胡椒を混ぜた霙酢で頂きます。
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 酸味として昆布酢(ダシ昆布を漬け込んだ酢)を使うのがポイント。ふわふわのの身をさっぱりピリッとした大根おろしで食べますので、お酒は甘口が合いますね。

 ところで柚子胡椒にはスパイスとして唐辛子を使っているにも関わらず、どうして胡椒と呼ぶのでしょう。実は九州地方では今でも唐辛子胡椒と呼んでいますが、一説によると、唐を枯らすに通じるから嫌ったとのことです。沖縄のコーレーグスも高麗胡椒が沖縄弁になったものですが、こちらも唐辛子なのに胡椒と呼んでいます。


 江戸期の晩酌を整理しますと、まず前菜として適当な小皿や小鉢物や用意します。続いてメインの小鍋立てを楽しんだら〆のご飯になります。
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 電熱器でも土鍋ご飯を炊くことは可能です。ガス火のように吹きこぼれることはないので、湯気が立ち上ったら弱火にします。


 江戸時代後期に刊行された名飯部類という文献に当時の米料理が149品も紹介されています。
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 この中には晩酌の〆にヨサゲな飯もかなり多く掲載されております。

 
 今回はスパイスがテーマなので、江戸時代前期までよく使われていた胡椒使った胡椒飯鶏飯と組み合わせてみました。
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 鶏胸肉を茹でたスープに煎り酒 (関連記事) を混ぜてかけ汁を作り、いわゆる汁かけ飯として頂きます。煎り酒は鰹節を使っていますので、ゴージャスな鶏と魚のWスープかけ飯になります。挽き立ての胡椒の香りがご飯にも合いますね。胡椒風味汁かけ飯を江戸時代前期の庶民が食べていたなんてちょっと意外ですね。



 晩酌塾第弐回は日本に伝わった外来スパイスと実際にそれらを使った料理の再現を行いました。その中で日本の在来作目のように思われている唐辛子が実は多くのスパイスの中でも意外と歴史が浅く、コロンブスが新大陸(西インド諸島)で発見(1492年)してから僅かの期間で日本にも伝わってきたことも勉強しました。

 コロンブス胡椒の仲間だと勘違いして、レッドペッパー(チリペッパー)と名付けていますが、似ているのは辛さだけで香りは胡椒に及びません。それでも世界で持て囃されたのは、栽培が容易で、土地ごとに適応した品種となって定着したからでしょう。日本でも戦国時代に渡来してから、江戸時代前期には七味唐辛子として庶民の日常食にも定着していきました。

 この日本オリジナルの複合香辛料である七味唐辛子は、ガラムマサラやエルブドプロバンスのように世界に誇れるブレンドスパイスだと思います。おそらく七味唐辛子の上品な香りと行き過ぎない辛さを理解できる海外の方も多くいるでしょう。今度、外国に行く機会があれば、七味唐辛子をお土産にしてみたいと思いますが、芥子の実が使われている場合、国によっては犯罪になることがありますので、事前によく調べておく必要があります。
2016/11/07(月) 05:00 | trackback(0) | comment(0)
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