小粋ナ独酌・対酌ノスゝメ その①

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 以前からずーっと考え続けてきたことがあります。それは晩酌を小粋に演出できないかということです。晩酌ですから、当然、独酌になります。相方が飲める場合や友が訪ねてきた場面では対酌となることもあるでしょう。それでも、決して宴ではなく晩酌です。仲間とワイワイやるパーティーは楽しいものですが、独酌で自分を振り返ったり、対酌でしみじみと語り合ったりする機会もなければ、自分磨きにはなりません。。。と思うのです。


 話が翻りますが、和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界から日本の食文化が注目されています。和食は決してすき焼きや寿司だけではなく、日常生活の中で培われてきたのですが、現代の食生活では和食の方が影を潜めています。では、純粋な和食を日本人が食べていたのはいつ頃まででしょう。明治維新後、文明開化の波とともに洋食が普及し始めます。その後、大陸から中国料理も巷に広まります。江戸時代においても、オランダを通じてヨーロッパの料理は入ってきたでしょうが、江戸庶民にはそのままでは口に入らず、天婦羅のように、それらが日本料理に同化された形で味わったのだろうと想像しています。


 なかなか、境界が見出せないのですが、まず、江戸時代の庶民が口にしていたものが日常的な和食としてよいでしょう。前振りが長くなりましたが、江戸時代晩酌について掘り下げていくうちに、それが実に豊かで合理的であり、そして何よりもであることに感銘しました。以前より、池波正太郎の時代小説や食べ物に関する作品を通じて、江戸時代の豊かな食生活に憧れはありましたが、それが現代にも通用し、世界にも紹介できるものであると確信し、整理して体系化し、セミナー形式で発表することにしました。もちろん、テーマは江戸期の晩酌ですから、再現した料理も体験して頂きます。9月から月1回計3回に分けて、仙台は立町のKaffeTomteさんで開催します。第1回目は江戸期の調味料に焦点を当ててみました。なお、スライドや料理を解説しながら写真を撮ることがほとんど出来なかったので、受講生の皆様から多くをお借りしています。m(..)m



 江戸時代前期、上方と違って江戸の庶民にはまだ醤油が普及していませんでした。しかし、従来からの調味料や食品を使って様々工夫がなされていました。
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 醤油の代わりを担ったのは煮貫煎り酒でした。これらについては以前に記事にしていますので、こちらをご覧下さい(関連記事)。

 
 煎り酒にも使われる梅干し梅酢も重要な調味料でした。
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 梅酢には赤白がありますが、山芋を赤梅酢で、茄子や胡瓜を白梅酢で漬けた浅漬けを最初にお出しします。


 続いてお造りを煮貫煎り酒で試して頂きました。
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 刺身は鰹、真鯛、蛸の三種、これらと煮貫煎り酒の相性をチェックして頂きます。好みもありますが、煎り酒は全部に合うと思います。煮貫は赤身や青魚に合いやすいでしょう。いずれもダシが含まれますが、刺身を食べる時は鰹節を抑えて昆布を主体にした方が素材の持ち味を邪魔しないようです。


 お酒も厳選して用意されましたが、江戸時代にはこんな美味しいお酒はなかったでしょうね。
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 江戸時代の精米技術レベルはまだ低く、90~80%。従って、雑味も多かったのですが、糖度も現在よりもかなり高かったそうです。アルコール度数は17~20%と現在とあまり変わりませんが、味が濃いので水で割って販売していました。その結果、末端では度数が5%程度になったそうです。2合飲んでもビール1缶(350ml)程度の酔いだったのでしょうか。。。


 江戸期の晩酌のメインは何といっても小鍋立てでしょう。
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 江戸期には火鉢が周年稼働していたようです。夏季は暖を取るというよりもお湯を沸かしたり、キセルに火を付ける火元としてなくてはならない存在だったようです。また、江戸期の日本酒は夏でもお燗をしたそうで、そのためにも火鉢は便利だったでしょう。小鍋立ても鍋料理というより卓上調理のような感覚で晩酌のアテを作りながら摘まんだのでしょう。鍋を挟んで差しつ差されつも乙なもんですよね。


 ただ、現代の家屋は密閉性が強く、炭火では一酸化炭素による中毒が不安です。
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 それに炭を熾すのも手間が掛かります。そこで、あれこれ考えて火力可変式電熱器に行き着きました。


 小鍋立てを卓上調理の手段と捉えれば、幅が広がります。
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 夏の暑いさ中はやはり涼を感じるものが御馳走となります。そこで江戸期には存在しませんが、冷やしゃぶを作りながら食べるのもちょっと粋ですよね。氷を入れた酒塩で冷やして霙梅酢で頂きますのでさっぱり感が夏向きです。


 要するに提唱したい小粋な晩酌は前菜で軽く吞みながら、小鍋立てでメインを作るといったスタイル
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 もちろん、米も炊けますので〆にはご飯で汁かけ飯やお茶漬けも頂けます。


 〆もまだ暑さを感じる時期でしたので、冷や汁で冷たい白石温麺を頂きました。
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 冷や汁は宮崎県と埼玉県の郷土料理ですが、これは魚を使わない埼玉県の冷や汁。埼玉県の川島町ではこの冷や汁にうどんを付けて食べるすったてうどんが名物。すったてとは卓上で胡麻を擂り、冷や汁を作って食べるからで、擂り立てが訛ったのですね。

 江戸の町で冷や汁が食べられていたか不明ですが、江戸は今の東京と同じで全国から人が集まっていました。当然、同じ武蔵国であり隣接する入間郡辺りからも商用や普請などで人は来ていたはずで、夏には冷や汁を作って食べていたかも知れません。




 さてさて、江戸期の小粋な晩酌を実践し、共感を持って頂ける方々を増やしたい一心で始めた晩酌塾ですが、今後、どう展開していくのでしょう。これから、段々と寒さも本格化し、小鍋立てが本領を発揮するシーズンが到来します。小鍋立てを一人分の鍋料理と限定しないで、卓上調理の手段として捉えれば、無限の小鍋立てが創出できるであろうと考えております。^^
2016/10/24(月) 05:00 | trackback(0) | comment(0)
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