【岩手県花巻市】やぶ屋の天ぷらそばとサイダー??
カテゴリー: 外食:蕎麦
清流のある街が大好きです。当然ながら自然な流れではありませんが、街並みに沿って清冽な水が流れる光景は何故か心の故郷のように感じるのです。今まで、そのような所には住んだこともないので、ある種の憧れなのかも知れません。我が国では市街地の流れは都市化とともに汚濁が進み、やがては暗渠にされてきました。その中で水質を守り、生物を守り、その景観を残し続けている流域住民の理念と感性に心が惹かれるのかも知れません。
この写真は岩手県花巻市の市街地を流れる大堰川です。きちんと遊歩道まで整備され、いかに住民が流れと親しんでいるかがわかりますね。この日はこの大堰川の流域にある有名な蕎麦屋さんを訪ねました。
そのお店は大正12年創業のやぶ屋総本店。吹張町の商店街に面しています。
格式ある店構えに少し構えてしまいますね。でも、駐車場は。。。(´・_・`)
ご心配なく。これがやぶ屋総本店の裏口です。^^ と言いますか、こちらは料亭としてのやぶ屋さんの玄関なのです。
駐車場はとてつもなく広く、まず満車になることはないでしょう。駐車場の片隅に大きな蔵もありました。ただ、こちらからそばを食べに行くためには、迷路のような建物の内部を通過することになりますので、雨でも降っていない限り、正面の入口に戻った方が良いでしょう。
そばを食べさせる食堂も完全に料理屋さんの風情であり、献立にもそば類の方が少ないくらいでした。
そば屋から始まって、大繁盛したのでしょうね。このような料理屋のデパートのように発展したのですから。そばだけ食べて帰るのが申し訳ないくらいです。でも、フロアー担当の男性の方が非常に穏やかで、料亭風でも慇懃無礼さはありません。
この日の目的はこれです。天ぷらそばとサイダー。。。この組み合わせを見て、ピンときた方はかなりの博識と言えますね。そうです。宮沢賢治です。
宮沢賢治が農学校の教員をしていた花巻時代、この店をブッシュ(藪)と呼んで、よく生徒を連れてきたそうです。注文はいつも決まっていて、この「天ぷらそばとサイダー」だったそうです。大正時代、かけそばは6銭、天ぷらそばは15銭なのにサイダーはなんと23銭もしたのです。ワインより高い飲み物だったのです。
この天ぷらそば上品ですね。海老の他にナスの天ぷらも乗ってます。
天ぷらは揚げ立てであっつ熱。つゆも江戸前と違って甘ったるくないので佳いですね。
そばも上品な細打ちの十割。
賢治もこのようなそばを食べていたのでしょうか。賢治の仕事は農作業も伴い、かなりきつかったらしく、食事も質より量だったと思われます。やぶ屋のそばも現代人向けに上品に進化したのでしょうか。
賢治が一杯飲みましょうかと人を誘うのはビールではなくサイダーのことでした。
この習慣は農学校の先生方にも浸透していたようです。アルコールなしの談笑をせざるを得なかったのは教員という立場上、巷では息が抜けなかったからではないでしょうか。
賢治はその後、盛岡を職場にしますますが、そばは花巻だなと懐かしがったそうです。盛岡もそば処ですが、賢治にとっては育った花巻(稗貫郡里川口村)のそばが一番口にあったのでしょう。それは誰でも同じですよね。ただ、賢治を神聖化するあまり、菜食主義だったとか、酒は飲まなかったとするのは偏った見識ですね。37歳というあまりに短い人生でしたが、農業技術者であり、教員でありながら後世に残る数々の作品を残した彼の多彩な能力を崇拝する次第です。
やぶ屋花巻総本店
・所在地 :岩手県花巻市吹張町7-17
・電 話 :0198-24-1011
・営業時間 :11:00~21:00
・定休日 :第1・第3月曜(予約状況により異なる)
・駐車場 :たっぷり80台