薬膳料理教室の堀先生より、乾燥椎茸の粉末(以下、椎茸粉という)をたくさん頂きました。乾燥椎茸生産日本一の大分県の産品です。かんぶつマエストロでもある堀先生は全国の生産地とネットワークがおありです。さて、この椎茸粉、どうしましょう。存在は知っていましたが、実際に使うのは初めてです。いつものように特性把握のための調査から入りましょう。^^
まず、形状ですが、粒度の組成にバラツキがあるようです。埃のような微粉末に1mm位の細片が混じっています。
これは妙ですね。もしかしたら、メッシュによる振り分けをしていないのかも知れません。それとも、さっと溶けやすい微粉末に後からじわっと旨味が出てくる細片を混合したところに意匠があるのでしょうか。いずれにしましても、この特性は後の利用に大きく影響しそうです。粉を舐めてみますと、デリケートな旨味に仄かな甘味を感じます。
続いて、お湯に溶かして飲んでみます。いわゆる椎茸茶ですね。
う~ん、椎茸の香りが戻って素材の持ち味が発現されますが、旨味は昆布の粉である昆布茶に比較しますとかなり弱いですね。魚の節粉もダシの代表ですが、もっと複雑な味がします。このデリケートな旨味をどう料理に生かすが鍵になりそうです。出来れば、陰の脇役や黒子としてではなく、椎茸粉ならではの料理を作ってみたいものです。
まずは節粉のイメージで塩水につけた山芋の賽の目に塗してみました。山芋の節粉塗しは私の好きな酒肴です。
これは外してしまいました。形状の観察でも触れましたが、粒の粗い細片がカチカチ歯に当たるのです。それもかなり硬い。微粉末だけだったら上手くいくのかも知れませんが、これを家庭で篩えば、かなりロスが出てしまうでしょうね。これは出だしから難航しそうです。
それならば、水分で湿らせれば、カチカチもなくなるだろうと思い、キュウリの漬物と肉じゃがに使ってみました。
キュウリの漬物は1.5%の塩と椎茸粉を一緒に漬けたのですが、思ったほど旨味を感じられません。これが昆布茶だったらグッと美味しくなるのですが。試しに入れてみた肉じゃがですが、これはいつもの肉じゃがよりグッと美味しくなってます。この両者の違いはなんだろう。
もう一つ、漬物ついでに作った山形の郷土料理だしですが、こちらは先ほどのキュウリの漬物と違って椎茸粉が美味さをアップしてくれています。
一体、どういうことだろう。まったくタイプの異なる肉じゃがとだしでは、椎茸粉がプラスに働いているのに、ただのキュウリの漬物では引き立ちません。もしかすると、このだしには醤油を使っていますので、醤油との組合せが椎茸粉の旨味を引き出すのでしょうか。
食品化学の専門書を紐解いてみますと、椎茸などキノコ類の旨味成分は核酸の分解物であるグアニル酸とされています。同じ核酸分解物にイノシン酸やアデニル酸がありますが、こちらは主に肉や魚に含まれます。そして、これらの核酸系の旨味はアミノ酸系旨味物質であるグルタミン酸やアスパラギン酸と組み合わされることで相乗効果を発揮するとされています。
グルタミン酸を多く含む食品の代表は昆布やチーズ、お茶などで、アスパラギン酸は野菜類です。そして、両者を豊富に含むのが醤油や味噌などの大豆発酵食品です。この核酸系、アミノ酸系両者の組合せは、我々日本人は吸い物や味噌汁の調理法として古くから身に付いています。欧米ではフォンやブロードのようにスープストックでも肉類のイノシン酸を野菜類のグルタミン酸やアスパラギン酸と併せています。
ただ、日本人にとっては、アミノ酸系と核酸系は対等ではないようです。我が家には足を入れさせませんが、現在、市販されている化学調味料はほとんどがグルタミン酸90%以上に数%の核酸系旨味物質が加わる構成となっています。日本料理ではグルタミン酸の昆布ダシを基本に、鰹節や椎茸の核酸系旨味を補って、さらに醤油や味噌でグルタミン酸を加えるという味付けが定着してきたようで、われわれ日本人にもその味が染み付いているのでしょう。
そこで、椎茸粉の核酸系旨味と野菜や醤油のアミノ酸系旨味を取り合せて料理してみます。まずは、椎茸粉入り野菜たっぷりの豆腐ハンバーグに醤油餡を絡めます。
これは文句なしの美味しさです。ハンバーグから溢れた汁には椎茸の旨味もたっぷり。これにとろみを付けて餡としました。もちろんカチカチ感も残っていません。
続いて麺類を三連発。まずは焼うどんですが、茹でめんをほぐす時にお湯に溶いた椎茸粉を使いました。
調味の段階で椎茸粉を振り入れますとどうしても細片のカチカチが気になります。そこで、スープとして麺にも旨味を吸わせています。味付けはもちろんアミノ酸系旨味である醤油を用い、相乗効果を狙っています。
あんかけ焼きそばです。具材を炒め、最後に水に椎茸粉と醤油、オイスターソース、片栗粉を溶いた調味液を回しかけて味ととろみを付けます。
次は中華の
焼きそば用の麺はレンジでチンした後、軽く塩をして、油を敷いたフライパンで押し付けるように焼いて、両面をこんがり、カリッと仕上げます。両面黄(リャンバンフォワン)のテクニックですね。途中で掻き回してはなりません。
椎茸の旨味が野菜や醤油のアミノ酸系旨味で引き立って、1+1が3以上の美味しさになってます。
カリッとした麺に旨味たっぷりのあんかけ焼きそばには練り芥子とお酢が付き物です。途中で味に変化を付けながら食べ進みます。
最後は行く夏を偲んでぶっかけ素麺です。だしは昆布と椎茸粉で両系の旨味を合体させます。
日本の麺類のつゆに昆布と干し椎茸が使われるのは古くからの習わしです。鰹節が蕎麦つゆに使われるようになったのは江戸時代中期以降でそれまではこのような精進つゆが使われていました。それに合わせたわけではありませんが、具や薬味もみんな精進になりました。それでも十分に美味しいのです。
さて、ここまでは既に干し椎茸として利用されてきた料理の変形ですね。これで終わったら料理愛好家としての名折れです。^^ 数々試した中で人にも薦められるオリジナルな椎茸粉料理をご紹介しましょう。もちろん、どれもアミノ酸系と椎茸の核酸系旨味の相乗効果を考えた料理です。
まずは簡単、きのこ飯です。具にも食感を意識してエノキダケを使いました。スダチの一絞りがアクセント。
ご飯を炊く時に椎茸粉とダシ昆布、エノキダケの細々を加え、色合いを淡く仕上げたいので醤油は少なめにして塩で味を決めます。アミノ酸系のグルタミン酸は昆布からたっぷり出ますので醤油は少なめでも大丈夫。ゴタゴタと何種類ものキノコを使ったきのこ飯も美味しいのですが、椎茸粉とエノキで簡単に作るきのこ飯も味わいが深いですよ。気仙沼の部屋でも時々やってます。
もう1品。りゃん亭さん風に呼べば卵とトマトです。^^ 醤油や昆布は使っていません。では、何のグルタミン酸を使ったのでしょう。
実は完熟トマトはグルタミン酸がたっぷりなのです。ですから、パスタソースとしてイタリアで古くから使われてきたのですね。そこに目を付けました。完熟トマトをじっくり炒めて水分が出て形が崩れ始めた頃に椎茸粉を振り入れ、塩胡椒で調味します。最後に溶き卵を回しかけ、半熟状態で供します。これをご飯に乗せればイタリア風卵丼(いや中華風か)。パスタに乗せても美味しかったです。チーズもグルタミン酸が豊富なのできっと合いますね。
添加物の入っていない本物の椎茸粉を試してみたい方は中野屋さんのHPをご参照下さい。
商品紹介のコーナーに椎茸粉があります。お値段はお問い合わせのようです。
旨味の世界って、奥が深いですね。今回は大変勉強になりました。たぶんこれは堀先生から私に与えられた宿題だったのではないでしょうか。核酸系の旨味物質グアニル酸は単体ではかなりデリケートな味なのですが、日本人に染みついたアミノ酸系旨味物質グルタミン酸と合わさると相乗効果で実に素晴らしい味わいになります。日本人は古くからそれをやって来たのですが、明治以降に次々と科学的な証明がなされていきました。
ただ、化学調味料のようにそれらの結晶配合物は、ともすると、自然の持ち味をわからなくさせたり、調理技術の低下を招きます。知らないうちに加工食品を通じて摂取はしているのですが、家庭ではなくても済むものですので、なるべく使わないようにしたいですね。化調を多用した料理はハッキリ言って不味いです。特に後味の悪さは、体が本能的に拒絶します。それも感じなくなったら、それこそ、化調の弊害と言えるでしょう。