フリットに塩はどのタイミングで使うか
カテゴリー: 料理:買い魚
1992年 Venezia
この特徴のない粗雑な揚げ物はイタリアのフリットです。イタリアの海辺のリストランテでは、小魚やイカ、エビや貝柱などの海の幸が山盛りのフリットミストで出されることがよくありました。この気取らない料理でスプマンテを煽ったのは懐かしい思い出です。
フリットは衣揚げの一種ですが、日本の天麩羅のような気品さもなく、フライやカツレツのような豪華さもありません。でも、難しい技術も要らず、手間もかからず、簡単に揚げられてそこそこに美味しいのが取り柄です。小麦粉とビールまたは炭酸水で作った衣はサックリとして魚貝類の揚げ衣に威力を発揮します。
このフリットを揚げる時、いつも考えてしまうのは、どの段階で塩味を付けるのが一番美味しいかと言うことです。天麩羅ですと、通常、塩か天つゆで食べるので下味は付けませんが、フリットの場合はそのまま食べることが多いので、普通、塩味を付けておきます。多くのテキストでは材料に塩と胡椒を振ってとしているものがほとんどですが、揚げた後から振ったのとどう違うのだろう。衣に塩味を付けたらどうなるんだろう・・・などと思いつつも今まで常法以外を試したことがありませんでした。
こんなことは、さっさと実験して決着を付けてしまった方が良さそうです。そこで、以下のような実験計画を立ててみました。
【目的】
イタリア料理フリット調理における施塩の適正タイミングを把握するもの。
【材料】
カレイの切り身(厚めの寿司ネタ大8切れ)、剥き牡蠣(8粒)
薄力粉、ビール(麒麟一番搾り350ml缶)、天然塩、揚げ油(菜種油)
【方法】
切り身及び牡蠣を2個ずつ4グループに区分し、下記の(1)~(4)の方法で調理する。使用する塩の量は 切り身、牡蠣、それぞれ1個に付き約0.1g(≒重量比1%)とするが、計量は省略して一つまみとする。 施塩は材料の上20cmより旋回しながら自然落下させる。ただし、衣に塩を混合する実験区(3)では、材料分の衣に分量の塩を混ぜるものとする。なお、牡蠣は付着している海水の塩分を除くため、短時間、水道水で洗ってから用いた。
(1)切り身と牡蠣に塩を振り、15分以上おいて中まで馴染ませてから
衣を付けて揚げる。
(2)切り身と牡蠣に塩を振り、すぐに衣を付けて揚げる。
(3)衣に塩を混ぜてから切り身と牡蠣を揚げる。
(4)塩は揚げてから振りかける。
※ (1)から(4)に向かって、塩がフリットの内側から外側に存在することになる。
さて、材料を再確認しておきます。
上記の(1)と(2)の材料には施塩しますが、(2)は揚げる直前となります。いずれも衣を付ける前に薄力粉を両面に振るいながらかけておきます。
衣は振るった薄力粉にビールを混ぜて作りますが、泡を消さないようにポッタリする感じになったらすぐに使います。
炭酸ガスの力で衣が厚めに付いてもサックリ仕上がるのが、このビールフリットの偉いところ。どんな揚げ方をしても失敗がありません。
4つの実験区のフリットが揚げ上がりました。見た目は全く変わりませんが手前から(1)(2)(3)(4)の順です。
冷めないうちに官能試験(試食)に移ります。
【結果】
(1)切り身に塩を振り、15分以上おいて中まで馴染ませてから揚げたもの。
塩味が材料に均一に亘り、切り身は甘塩鮭を食べているような感じで、
変化がなく面白味に欠ける。
(2)切り身に塩を振り、すぐに衣を付けて揚げたもの。
塩味は(1)より早く感じるが、その後、口の中で見え隠れしながら馴染ん
でいく。食材の持ち味は(1)よりよくわかる。
(3)衣に塩を混ぜて揚げたもの。
意外なことに塩味を感じるのが(1)、(2)より遅れる。噛んでいくうちに
塩味が発現されるが、やや弱い。衣の中に封じ込められて味蕾に到達
しない塩分があるのかも知れない。
(4)揚げてから塩を振りかけたもの。
ダイレクトに塩を感じ、その後、口中で衣、食材が馴染んでいく感じ。
その変化が楽しめる。食材の持ち味もよくわかる。
なお、この実験でそれぞれの特徴がよくわかったのはカレイの切り身であって、牡蠣では水分と濃厚な風味が判定を難しくした。
【考察】
今回の実験からフリットの調理時における施塩法としては、総合的に判断して(2)と(4)の方法が美味しく感じ、食材または衣に均一に塩味が付いたものは口中での味の変化に乏しかった。(2)と(4)では、後から振りかけた(4)では、多少個体間で味の差が生じた。なお、(3)は衣に封じ込められたまま、嚥下される塩分もある可能性が大きく、過剰な塩分摂取に繋がるものと懸念される。やはり古くから継承されてきた調理法には、美味しさの裏付けがあることがよくわかった。ただし、牛肉の竜田揚げや鯨カツでは下味が均一に付いていても美味しく感じるのは肉の特性が魚貝類とは異なるためと思われた。
施塩のタイミングがわかり、ちょっと手を加えてフリットを揚げてみました。
白身魚を3種類の衣で揚げました。手前からトマトペースト入り、パルミジャーノ入り、バジリコペースト入りの衣で揚げてみました。 施塩はもちろん、衣に塗す直前です。特に白身魚ような淡白な食材にはこの手法が適しています。変わり衣にしていますが、全体の塩分のバランスには気を使っています。一つの食材を3通りに楽しめるちょっと贅沢なピアットになりました。
きちんと修行したプロの料理人ですと、このような基礎的な技術を含め、多くの伝承されてきた手法が身についているはずです。私たち素人は、せめて同じ失敗をしないように記録を付けるか、今回のような科学的実験手法によってモヤモヤした不明点をなくしていくことが上達の早道です。
今回はかなり感覚に頼っていますが、数値データをきちんと取れば、設定した実験区外に起きる状況も統計学的に推察することすら出来るのです。パン職人やパティシエの世界では配合や混合、温度や時間がかなり厳密に規定されますが、料理はそれらに比べるとアバウトです。ですので、テキストの手法が必ずしもベストとは限らないこともあります。疑問に思ったことは実験で検証してみる価値はあると思いますね。 ← ランキングに登録中です。クリックでご声援お願い致します。