このところ、鮮魚店やスーパーの鮮魚コーナーで新鮮なマイワシをよく見かけます。身の硬さや目の澄み方から仙台湾に群れが入ってきているようです。マイワシの漁獲量は1980年代後半の300万トンをピークにその後、激減しました。近年、回復の兆しが見えるとも言われますが、漁獲量は数万トンレベルを超えていません。
数年前のこの時期にも仙台湾に大羽イワシ(大型のマイワシ)の群れが入り、仙台新港でもサビキで釣れたりしましたが、長続きしませんでした。マイワシ資源量の変動は地球規模の気象変動と対応しているので、その復活は神任せとされていますが、主な産卵場である九州四国沖合での若齢魚の多獲が復活の芽を摘んでいると指摘する学者もいますね。
あまりに新鮮だったので一山買ってきました。この澄んだ目をご覧ください。
学生の頃、毎年、夏休みには九十九里のイワシ巻網漁船に乗り込んでアルバイトをしていましたが、このような新鮮なマイワシはその時以来です。
マイワシは体側に7~8個の黒点が並びます。
そのため、七つ星と呼んでいる地方もあります。鱗もまだ、所々に残っていて、身もまだ硬直しています。
もちろん生でも頂きますが、この塩炊きも美味しいのです。
頭と内臓を取って良く洗い、酒で割って塩を加えた茹で湯でさっと炊きます。あまり強火だと皮が剥がれてしまいますので、コトコトと静かに炊きます。塩は水分の3~4%程度加えます。
出来ましたマイワシの塩炊きです。
出来立てにレモンを絞りながら食べるのもよいのですが、冷やしたのに山葵醤油も乙な味わいですね。
残りのマイワシは片っ端から3枚に下していきます。
夏場のイワシの調理は神経を使います。イワシは氷水の中で捌くまで待機させます。常温で放置しますとみるみる身が軟らかくなります。魚偏に弱いと書く魚ですので弱らせないよう注意しましょう。
まず、生の一品目はぬたです。マイワシのためにあるような料理です。
下した身を一口大に切って、酢洗いをし、小一時間冷蔵庫で寝かせます。〆るのではなく、表面の生臭みを消す程度です。ぬたの衣は白味噌に芥子、砂糖、酢、だし汁を加えて緩く溶いておきます。
続いて、九十九里名物マイワシのなめろうを作ります。
九十九里の漁師料理ですので、ダイナミックに作ります。下したイワシの身に生姜、長葱、大葉、味噌を叩き合わせます。肉厚の出刃で刃の重さを利用しながら、リズミカルに叩いていきます。
ちょっと洒落て木の葉に盛り付けましたマイワシのなめろうです。
これをまさに舐めながら冷酒を煽ると、心は若き日の九十九里にワープします。毎朝、3時頃起床し、弁当を持たされて出漁。群れを見つけては巨大な網をぐるっと廻し、1時間近くかけて網を引き寄せていきます。網が縮まると銀色の飛沫が辺り一面に飛び交い、イワシの鱗が顔や腕に貼り付きます。
今晩は新鮮なマイワシと夏野菜で晩酌です。
マイワシも豊漁時代は大衆魚で、獲れ過ぎたイワシを魚粉にしてうどんやそばにも加工されたものですが、いまやすっかり高級魚。大切に頂きます。
おまけですが、余ったなめろうをフライパンで焼きました。この調理も九十九里に伝わる郷土料理でさんが焼きと言います。
九十九里ではアワビなどの貝殻に詰めて焼いたもので、イワシのつくね焼きのような料理です。さんがもなめろうのことなんですが、なめろう焼きとか焼きなめろうとは言いません。富津などの東京湾側では青柳(バカガイ)でこれらの料理を作っており、それぞれ、なめさんが、焼きさんがと呼んでいるところから、魚貝類を叩いたミンチがさんがであるものと推定されます。
すっかり高級魚に昇格してしまいましたマイワシは昔より美味しく感じました。食べ物の美味しさは絶対的な旨味もあるのですが、希少価値に左右されている部分も大きいように思えます。マツタケやアワビがシイタケやアサリのようにふんだんに生産されたら、価格もそれなりでしょうし、日常のお惣菜にも登場します。その時のマツタケやアワビは現代のそれらとは違った味わいになるはずです。マイワシもかつてのように300万トン獲れる時代がやってきますと、果たしてこの美味しさを感じるのでしょうか、ちょっと不安です。 ← ランキングに登録中です。クリックでご声援お願い致します。