3月10日のことですが、震災関連のTV番組を渡り見ている途中で、ほこ × たてという番組を一瞬通過しました。その時、絶対味覚という言葉がチラッと耳に入りましたので慌てて戻りました。普段は見ることのない番組ですが、研ぎ澄まされた味覚の持ち主が一流料理人の隠し味を見破ることが出来るかという対決らしいのです。
これは見ないわけには行きません。
絶対わからない隠し味の料理を作るのは東京・渋谷にある「スーツァンレストラン陳」の料理長で菰田(こもだ)欣也さん。師匠はあの陳建一さんです。一方、絶対味覚の持ち主は栃木県の酒蔵「仙禽」の十一代目蔵元 薄井一樹さん。対決前に5種類のフルーツが入ったミックスジュースの材料をすべて言い当て、5種類のにぎり寿司のネタを外したシャリだけ食べて、それも見事にネタを言い当てたのには土肝を抜かれました。
対決はエビチリ(豆乳)、炒飯(アボカド)、麻婆豆腐(イチゴジャム)の3品で、( )内の隠し味を当てるものです。それぞれ隠し味なしの皿も用意されました。勝負の行方はあまり興味がなかったのですが、絶対味覚を標榜する薄井さんが3品とも隠し味入りの方が美味しいと評価しいている点に興味が引かれました。(ちなみに勝負は2対1で菰田料理長の勝ち)
料理って奥が深いですよね。味覚の鋭い人間でもわからないくらいに加えられた隠し味によって美味しさが増すのですから。ただ、その正体を明かした瞬間に、それはもう隠し味ではなくなってしまうのではないでしょうか。プロ秘伝の味付けに使われる意外な調味料や食材が隠し味であって、公然の事実となってしまっては明かし味や曝し味ではないでしょうか。^^
それとも、使われていることがわかっていても、そのものの味を舌や鼻が感じなければ隠し味を名乗れるのでしょうか。いつものように探究心に火が点いて、呑みながらあれこれ愚考してみました。まず、定義を確認しておきましょう。
隠し味 (出典: フリー百科事典ウィキペディア)
隠し味(かくしあじ)とは、調理の際に主要な食材以外の材料(目立たない程度であり、たいていは微量)を加え調味する技法、またはその材料を指す用語。それ自体が料理に必要なものではないが、加えることでその他の食材の風味を引き立てたり、料理のアクセントとして用いられることが多い。隠し味は味の決め手になることが多く、料理店などでは秘伝とする場合が大半であるが、最近では店主が雑誌やテレビなどで公表するケースもある。
なんだ、料理人自らが隠し味をバラしているのではないですか。曝された隠し味は元隠し味なんですかね。料理番組なんかでも、「ここで昆布茶を隠し味として加えます。」 なんて指導している先生もいますが、全然、隠してないし。。。何かおかしいですよね。そこで、ちょっと、私なりに分類・整理してみました。
◆◆◆ 秘伝レベルによる分類 ◆◆◆
【一級隠し味】
料理店などの秘伝の隠し味で、一般人は食べてもその存在は気が付かない。そもそも、秘伝なので、その調味料や食材がなんであるかも世に知られていない。
【二級隠し味】
一級隠し味であったが、TV番組やネットで明かされたり、盗まれて曝された元隠し味。一般人の世界ではまだ一級隠し味で通用することが多い。前記のエビチリに豆乳や麻婆豆腐にイチゴジャムなど。
【三級隠し味】
世間のレシピなどにもよく記載される少量で効果覿面な調味料や食材。最近よく登場する塩麹や魚醤なんかがそうかも。前面にはでないけど黒子として活躍する結構知れ渡った特効薬。
【四級隠し味】
本来、不必要なものであるが、手抜きとして使われる調味料。使っていることを隠しておきたい闇味。ラーメンの化調や旨味のなさを誤魔化す甘味。入れ過ぎると、あかんラーメンや残念煮魚に落ちぶれる。
こんな分類作業を進めているうちにあることに気付きました。一級隠し味は知る由もありませんが、二級・三級隠し味でもその目的が異なるのではないかということです。美味しくするという大命題は同じでも、旨味を増すのか、コクを出すのか、円やかにするのか、爽やかにするのか等の中命題が存在しますね。これも自分なりに例示してみますと、
◆◆◆ 目的による分類 ◆◆◆
【旨味付加系】
魚醤、蝦醤、塩麹、昆布茶、酒盗、塩辛、アンチョビー、オイスターソース
使用例:ラーメン(魚醤)、パスタ(昆布茶)、キムチ(塩辛)
【コク出し系】
ナッツペースト、芝麻醤(練り胡麻)、腐乳、甜麺醤、チョコレート
使用例:味噌ラーメン(ナッツペースト)、カレー(チョコレート)
【円み出し系】
ミルク、クリーム、豆乳、アボカド、バナナ、バター、マヨネーズ
使用例:エビチリ(豆乳)、炒飯(アボカド)、肉じゃが(バター)
【爽や付加系】
ケチャップ、ジャム類、チャツネ、タマリンド、カルピス、ミント
使用例:カレー(ジャム類)、鯖味噌煮(カルピス)
それに辛酸甘鹹の基本味を付加するのに、唐辛子・酢・砂糖・塩を使うのではなく、旨味や複雑な他の成分を伴った食材を使うことが隠し味になっているという場合もありますね。なお、隠し味は見破られてはならないので、液体や半流動体は溶かし込めますが、固形の場合は予めペースト状にして使うのが一般的です。
◆◆◆ 基本味による分類 ◆◆◆
【辛 味】 寒ずり、柚子胡椒、タバスコ、豆板醤
【酸 味】 トマト、チャツネ、タマリンド、梅干し、梅酢、柿酢
【甘 味】 ジャム類、メープルシロップ、蜂蜜、味醂、黒糖、干柿
【塩 味】 魚醤、蝦醤、塩麹、昆布茶、酒盗、塩辛
ただ、このようにスパッとは分類できず、梅干しは塩味も伴うし、ジャムには酸味の強いものもあります。いずれにしましてもこれらの隠し味は、基本味の背景にある複雑な成分の旨味に期待する部分が大きいと思います。特に醤(ひしお)類はタンパク質分解物や核酸系の旨味に溢れています。本来、醤は食品の保存方法として発達しました。製塩が普及し始めた縄文時代晩期から弥生時代には様々な食品が塩漬けにされ、その結果、肉醤、魚醤、草醤、穀醤などが生み出されます。穀醤のうち大豆を原料としたものは味噌と醤油に発展しています。
味噌と醤油は現代では隠れもしないごく当たり前の和風調味料となっていますが、これらを洋食やエスニックにこっそり使ったら、これも立派な隠し味になります。
私は従前より味噌や醤油をボロネーゼやグレービーには当たり前に使ってきました。その逆で例えば、タイのカピ(蝦醤)を煮物やラーメンなどに使ったら、黙っている限り一級隠し味になるでしょう。でも、この記事に書いてしまいましたから、ただいま二級隠し味に格下げとなりました。^^
ところで、コトルのひゃくさんが得意な和食へのスパイスの応用ですが、これは隠し味でしょうか。
風味や香味という言葉があるように香りと味は切っても切れない一心同体ではありますが、味は舌の味蕾や痛点で感じるもので、香りは鼻腔奥の嗅細胞で識別されます。だから鼻が詰まれば香りも薄れます。従って、微かに感じるか否かの線で使うスパイスは隠し香と呼んで区別したいですね。もし、これは〇〇〇の香りだと誰でも気付けば隠し香ではなくなります。
最後に、隠し味は隠されているから、ロマンがあるのです。
この味噌汁は何か違う、この炒飯はなんでこんなに円やかなんだというように、謎めいているのも美味しさの一つです。プロの料理人の皆様はお店や業界の財産を、不用意にメディアに売り渡すのは止めましょう。自分たちの地位にも影響しますよ。プロにしか出せない味があるからお金を出して食べに行くのです。
今回は隠し味についてあれこれ愚考して参りましたが、まだまだこなれておらず、中途半端な形で終わってしまいます。ここまで読んで下さった皆様、誠に申し訳ありません。理屈っぽい人間なので、何でも追求して法則性や原理を見い出さないと気が済まないのです。この隠し味論は、もう少し熟成させて、具体例で実証しつつ、いつかの日か料理教室においてプレゼンさせて頂きたいと思っております。
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